子育ては「ほめる」より「勇気づけ」が効果的!―アドラー心理学より

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子育てをするにあたり、ほめると良いとも聞くが、実際のところどう育てたら良いかわからない・・・。

そのような方、いらっしゃるのではないでしょうか。

私もそうです。まだ子育ての経験もありません。
しかし自分が子供だった頃、周りにほめられる・叱られることにだいぶ振り回されて、結局精神的に不安定になった記憶があります。

そんな時、在学中の通信制大学でアドラー心理学を学びました。
そこで「勇気づけ」という言葉を知ります。

これを知ったことで、子育てもそうですが人とどう接したらうまくいくのかが学べました。

今日はアドラー心理学の勇気づけをご紹介したいと思います。

アドラー心理学とは


アドラー心理学とは、オーストリア出身のアルフレッド・アドラー(1870-1937年)が創始した心理学のことです。
彼は、フロイトやユングと並ぶ心理学の三大巨頭の一人であると言われています。

従来の心理学は「こうなったのはこれがあったから」という原因を追究するものが多いです。
しかしアドラー心理学は「こうするのはこれがあるから」という目的を重視します。
前者を原因論・後者を目的論と呼びます。

ほめることの問題点


勇気づけ」が提唱される前、子育てで主にされていたのは「賞と罰」です。
いわゆるほめることを使ったやり方です。実は、これには問題点が5つあります

  1. 賞罰を与える人と与えない人(上位者)を子供(下位者)が判断して、その人に合わせて顔色をうかがってしまう
  2. 上位者の感情に左右されて賞罰に一貫性がなくなる
  3. 下位者上位者の評価ばかりを気にして、仲間との競争心を抱きやすくなる
  4. 同じぐらいの快・不快を続けると刺激が弱まり、エスカレートしやすい
  5. 賞罰を得たり避けようとして、下位者不適切な行動に出ることがある。そのため上位者の監督の量が増える。

1があると人の顔色を敏感にうかがうように。2だと安心して賞罰に関わる物事が取り組めない。3だと子供同士の中傷が起きやすくなる。
4だとごほうびがどんどん高価なものになってしまうかもしれない。5だとその場しのぎになり、空回りが発生する。

このようなことがあるのですね。

勇気づけとは


勇気づけとは、子供の自尊心と達成感を継続的に与えるためのプロセスのことです。
先ほどの賞と罰では、行動がその場しのぎになったりして続かないことが多いのです。

子供を勇気づけるには、子供を信じ、その子の良いものを見つけることが大事です。
これはなぜかというと、自分自身を信じることを増大させるのを目的としているからです。
そのためには、親子共々尊敬し合い、考えることに自由とそれがあることが必要です。
結果、自信をもって創造的に考える力が身に付くのです。

「ほめる」と「勇気づける」の違い


ほめることと勇気づけの違いの特徴は6つあります。
比較して1つずつ見ていきましょう。

ほめるは条件付き、勇気づけは無条件

ほめるときはまず、子供が親の期待に応えた時。
しかし外れた時は失望が言葉に表われます。

成功した時
例:「テストでよく1番になったな。お父さんは満足だ
失敗した時
例:「上位に入れなかったなんて、おまえにはがっかりしたよ

一方勇気づけは成功・失敗した時も同じように声をかけることができます

成功した時
例:「1番になれてすごいと思ったし、ここの計算よくできていたな
失敗した時
例:「上位に入れなくてがっかりしてるみたいだけど、ここの計算はよくできているぞ

ほめるは上から目線、勇気づけは子供目線

ほめるということは親から、つまり上から目線でする場合が多いです。

例:「勉強よく頑張ったね。えらい!お母さん鼻が高いわ

勇気づけは逆で、子供目線で発言をするのですね。

例:「一生懸命勉強している姿に感動したわ

ほめるは人に、勇気づけは行為自体に

ほめる言葉は行為をした人に与えられます。

例:「ピアノ上手に弾けて、本当にいい子ね

勇気づける言葉はその行為自体に与えられます。

例:「たくさん練習して、ピアノを上手に弾けたのね

ほめるは他人との競争、勇気づけは自分の成長に向かう

ほめることをしていると、他人との比較・競争に目が行き、周囲の評価が気になるようになってしまいます

例:「いつも強いあの子と今日は試合に勝てて本当にすごいな。やっぱり勝負は勝たないとな

一方、勇気づけると自分自身の成長や進歩に向かいます。そして自立心と責任感が育まれるのです。

例:「体をよく動かしていて、体力ついてきたな。それで試合に勝てたのかな

ほめるは口先、勇気づけは心から

ほめる時と勇気づける時では、受け取った相手に伝わる感覚が違ってきます。
ほめると言葉が口先だけに聞こえます。

例:「お皿洗ってくれたの!まだ1年生なのにえらいわ。感心、感心

勇気づけると、言葉が心からのものだと相手は微妙に感じ取るのです。

例:「お皿洗ってくれたの!お母さんは○○(子供の名前)がまだ1年生なのにきれいに洗っていて感激したわ

ほめるはその場限り、勇気づけは継続的

実は、ほめればその場限りで満足感を与えることはあっても、それからの意欲が生まれにくくなってしまいます
そして失敗して何か言葉を浴びせられると、「勇気くじき」と言って、これもさらに意欲を減退させることになるのですね。

それに対し、勇気づけは人から言われたことで変わるのではなく、自分でも自身をそうできるようになるのが目的です。
その結果、自立した考えを育むことができるようになるのです。

勇気づけの影響力


実は勇気づけで大事になってくるのは、言葉ではありません。
今から説明することが大きな影響力となって現れます。

勇気づける・づけられる人の日頃の関係

お互いに尊敬し合う

本来人間は誰しも尊敬されるべきです。これは、自分より相手を上に見るということではありません。
年齢・性別・職業・役割を乗り越えて、対等な人間関係を作ることです。
しかし、時にそれを忘れてしまうことがあるかもしれません。では、どうしたら取り戻せるかご説明します。

かけがえのない日・時・場面を思い出そう

あなたが親だったとしたら、初めて生を受けたわが子を目にした時のことを思い出してみてください
どんな喜びがありましたでしょうか?新しい命を慈しむ、どのような思いがあったでしょうか。

勇気づけは子育て以外にも応用可能です。
例えば部下がいる方は、初めてそうなったときの気持ちを。夫や妻である方は結婚した時の気持ちを。
子供であるならば昔親がどんなことをしてくれたかなどを思い出してみてください。

お互いに信頼し合う

信頼とは根拠なく・無条件に相手を信じることです。
これをすると、あれこれと心配して不信して接するより何とかなってしまいます。
逆に不信感を抱くと相手に伝わるため、やはりそのような結果になってしまうことがあります。
では今それがあるという方に、信頼感を取り戻すための方法をお伝えします。

タラレバを卒業しよう

不信感があるときは、大抵「~たら」「~れば」という言葉を使っています。
もう少し素直だったらいいのに
もっとしっかりすればいいのに
というあんばいです。

そうしている間は信頼するのは不可能ですし、そう見ている自分も精神的に不安定になってしまいます。
あなた自身のためにもそれを卒業しましょう。

これは、相手の悪いところを見て見ぬふりをするということではありません。
良い・悪い部分を両方を知った上で、良いところの可能性を信じ続けることです。
罪を憎んで人を憎まず」という言葉があるように、行為と行為した人を分けて考えてみてください。

こちらからより早く多く尊敬・信頼する

先ほどのことをまとめると「お互いに尊敬・信頼する」ことが必要ですが、注意しなければいけないことがあります。
それはお互いが必ずしも5分5分・同じタイミングでできるわけではないということです。
こちら側から、より早く多く尊敬・信頼する必要があります。
なぜかと言いますと、親子・教師と生徒・上司と部下という関係性の場合、立場に優劣があり、つり合いが取れなくなってしまうからです。

例えばあなたが親でしたら、子供がどんな反応を示そうがこちらから思いやる気持ちで「おはよう」と挨拶をするなど(一例です)してみましょう。
このような行為自体で、子供になめられるということはありません。
もしそれがあるというなら、それ以前の問題であなたがなめられる態度をしているからです。
親と子の人間関係が悪化している時に、「そんなの関係ない」と言ってビシバシしつけるのは逆効果になるのです。

きちんとそれを決意し、粘り強く継続していけば相手はそれをちゃんと見ています
そして時間がかかるかもしれませんがそれでやっと「お互いに」になっていきます。

非言語的コミュニケーション


非言語的コミュニケーションとは、言葉以外のコミュニケーションのことです。ノンバーバル・コミュニケーションとも呼びます。
表情・身振り手振り・姿勢・アイコンタクトなどがこれに当たります。

例えば勇気づける言葉を使っていたとしても、この非言語がそれに合っていなかったらどうでしょうか。
話を聞いている時に相づちを打ちながらよそ見をしていたり、眉間にしわを寄せていたり。
相手は自分の話をきちんと聞いてくれないと思うのではないでしょうか。

望ましい非言語的コミュニケーションをとるための方法は次の通りです。

表情

  • 深刻そうな話ならこちらも同じような態度で聴く
  • 楽しい話は思い切り同じような笑顔で聴く

身振り手振り

  • 人差し指を相手に向けない(やると攻撃的な印象になる)
  • 相手と話す時は手のひらを隠さずに見せる(ポケットに入れたり後ろに向けると威圧感を与えてしまう)

アイコンタクト

  • 相手を見下げる・上げるように見ない
  • 基本は口元を見ながら話を聞き、時々「聴いているよ」という態度を示すために相手の目を見る
  • 相手に視線を向ける時は素早く、そらす時は惜しそうにゆっくりやる

相手に共感すること


相手に共感することも大事です。これは相手に興味があることなどに同じように関心を示すことです。
つまりあなたが親であるなら子供の目・耳・心で見る・聴く・感じるということです。
こうすると、世界が大きく変わります。

なぜこうすることが必要なのかというと、親の目線に立つとどうしても子供のやることが未熟に見えてしまうからです。
その結果、勇気づけることができなくなってしまいます。

時として好ましくない同情をしない

共感と混同するかもしれない、「時として好ましくない同情」についてご説明します。

これは相手を憐れんで、「この子は私がいないと駄目になる」という思いを抱き必要以上に過保護になってしまうことです。
これは、してはいけません。なぜなら、相手の自立心・責任感を失くしてしまうからです。

実はこの同情というのは、相手に対する自分の優越感から来るものであり、言ってしまえば自己満足です。
その結果、支配・依存関係になってしまうのです。そしてなにより、感情がコントロールできなくなり危険です。

勇気づける人の特徴


勇気づけができる人には、以下のような特徴があります。

尊敬と信頼で動機づける

これの逆、恐怖で人を動かそうとする人のことを説明します。
それをされると戦う・逃げるのどちらかの反応が相手に出ます。

例えば、戦う時は「火事場の馬鹿力」という言葉の通り、怖さから自分の力を発揮してしまうでしょう。
瞬間・短期的ならこれで大丈夫なのかもしれません。しかしいつもそうであるとします。
するとストレスに襲われ自分自身にマイナスのイメージができてしまい、いざという時に本来の力が発揮できなくなります

また、逃げる時は、自分の身を守るために恐怖の要因から遠ざけようとして直面を避ける。
または表面上ではやっているような素振りを見せても実際はやっていない場合があります。

このように、恐怖は自分を守るために発奮させて行動になることはありますが、失敗を恐れて避けるのが大部分です。

また、このような人は権力・自分・競争を重視して相手を脅し、無理な欲求をしたりします。
本人は劣等感を持っており、対等に相手を見れません。不信感が募りますよね。

勇気は恐怖と対極(逆)の意味にあります。
勇気づけるなら、尊敬と信頼をもとにやりましょう。

プラス思考である

勇気づける人はプラス思考です。
たとえばコップに半分水が入っていると、マイナス思考の人は「半分しかない」。
プラスに考える人は「半分もある」と考えます。

例えばうまくいかない時。前者はそれは自分が原因で、それが長く続く。そして自分は何をやっても駄目だと思います。
その一方で後者は原因はその場合のみで、一時的なものだと考えます

目的(未来)志向である

先の「アドラー心理学とは」のところで原因論物事には原因がある)と目的論物事には目的がある)の話を少ししましたが、
これがそのまま当てはまります。
この心理学は後者の考え方です。

なぜそのような思考なのかというと、原因を探ることが物事に常に役に立つとは限らないからです。
そしてそれがわかったとしても解決策が見つかるとは限りません。「○○のせい」というような被害者意識にもなりかねません。

目的志向は、未来に向かい自分がどうなりたいか。どのような意思を持つか。
自分は人生の主人公なのだ」と当事者(⇔被害者意識になることなのです。

聴き上手である

聴き上手であることも大切です。そのポイントは3つあります。

  1. 自分が話したい誘惑をコントロールする
  2. 観察上手になる
  3. 相手を話し上手にさせる

1と2ができて初めて3ができます。

例えば、親などの上位者は聴くことよりも話すことに関心があります
すなわち、相手が話したいのに話を折る。批判する。教えたがるようなところがあります。
でもそれでは聴き上手にはなれませんよね。

さきほどの3つのポイントを詳しく説明します。

  1. 少なくとも相手が伝えたがっている最初の時期は、自分の話したい欲求を抑えて「聴くモード」にする。
  2. 相手の話を耳だけで聞くのではなく、五感を使い観察する。(言葉と非言語的な部分に矛盾や、最初の時と比べてそれに変化がないかなど。)
  3. 話を聴く時の姿勢・態度、距離・角度、あいづち、質問、確認など、実際の対応を改める
聴く時にする姿勢・態度、距離・角度、あいづち、質問、確認の仕方

3について掘り下げてご紹介しますね。

聴く時の姿勢・態度については、身を乗り出したりするのではなく、相手とそう変わらない姿勢で違和感を与えないようにすると効果的です。

距離・角度について。距離は相手との関係性で決まりますが、角度は真正面にいるよりもやや斜めにいると安心感を与えます。

またあいづちについて。これは基本中の基本です。
避けたいのが、ある話で多くあいづちをすること。そうすると相手はそれについてもっと話さなければいけない気になってしまいます。
なので時には淡々と聞きましょう。

質問について。相手が話し始めの最初の3分ほどは言うことは繰り返してもいいですが、質問はしないでください。
すると、「話をよく聞いてくれている」という気持ちになってくれます。
質問の仕方については、「Yes・No」に導くようなものではなく、様々な答えを予測できるようなものにしてください(開いた質問)。
なぜ」に関するような質問もしないでください。これは相手を否定しがちになってしまいますので、勇気くじきになります。

最後に確認について。「繰り返しと明確化」という方法があります。
これは、相手と自分のイメージを一致に近づけるために確認するためのプロセスです。
今度はまず相手が言っていることをこちらも繰り返し、「Yes・No」で答えられる閉じた質問をします。
そしてそれを確認しながら、相手の言葉の裏側の意図を推測して返し、明確化します。
例えば、子供が、「○○ちゃん、今頃どうしてるかな?」と言った時に、大人が

繰り返しの例:「○○ちゃんが今頃どうしているか知りたいのね?
明確化の例:「○○ちゃんがいなくて寂しくなっちゃったのかな?

と返すなどです。明確化は、相手がどんな様子かを観察したうえで出せる言葉でしょう。

大局を見る

これは物事の全体を見るということです。
逆にいわゆる細かく、「木を見て森を見ず」のような人がいます。
これをしていると、見ている木の様子が変わったところでうつなどになってしまう危険性がありますし、
その価値観(私的理論と言います)を人に押し付けてしまうこともあります。

勇気づける人は、高い視点で幅広く、長期的な視点から何が本質なのかというふうに物事を見て対処します。
そして何が重要かわかったうえで細かいところをチェックします。「森を見てから木を見る」のですね。
そのために自分の私的理論に気づきつつ仲間とも合わせられる広い感覚を持っています。

ユーモアのセンスがある

例えば、何かを克服するのが困難だと思っても、ユーモアがあれば、笑って、勇気や希望が湧いてくることがありますね
これは、自分の問題が取るに足らないことのように思えてくるからです。
アドラー自身もとてもユーモアのセンスがある人だったようです。

しかし、これをする時に時に気を付けなければいけないことがあります。
それは、他人をおとしめるようなユーモア、つまり誰かを笑いものにしてしまうようなことをしてはいけないということです。
やるなら自分自身を笑いものにしましょう。

また、アドラー心理学は悲しみに対して否定的、喜びに対して肯定的です。
悲しみの表現=泣く。喜びの表現=笑う。と言われているのですが、前者は勇気くじき、後者は勇気づけにつながると考えているからです。

まとめ

ここまで述べたように、子育てにはほめるという「賞と罰」を用いるよりも「勇気づけ」をした方が成長のために効果的です。

こうすることで意欲が自分から持続的に続きますし、自立心を保ちお互いの関係性も良くなります。

今回は内容が多かったですが、ぜひ、今日からできることを試してみてください。

最後までお読みくださり、本当にありがとうございました!