精神科のデイケアってどんなところ?約4年間通った私の体験記

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精神的な病気になり、社会復帰ができるかわからない・・・
主治医や家族など、周りからデイケアを勧められている。
しかし、どんなことをするのか、雰囲気がわからず、行く勇気がない。そう思うこと、きっとありますよね。
私もそうでした。
10代後半で統合失調症を発症し、20歳頃までずっと自宅療養をしていました。
その間、動きたい気持ちももちろんあったけれど、身体がいうことを聞かない。
なかなか何かをする決断までに至れない・・・。
そんな時、21歳で転院をし、主治医の先生に病院のデイケアに通うことを勧められました。
自宅にいることが長かったものですから、動きたくて、比較的早く行こうと決断することができました。
そして約4年間参加し、仕事にもつなげられました。
今回はデイケアとはどんなところで、何をするのか。どのように将来につなげられるのか。私の体験談を話したいと思います。
※この記事はあくまで私の一例です。そのデイケアによって雰囲気ややることも違います。
また、地域によって制度が違ったり、人により将来までの道のりも違いますのでご了承下さい。

デイケアとはこういうところ

デイケアとは主に社会復帰を目的として、定期的に通う場所です。
全てではないですが、精神科の病院に併設されています。
私の在住している県は精神障害者対象の職業訓練があるのですが、
通っていたデイケアではそれを受けるのを目標にしている方が多かったです。
精神的な病気の場合、年単位で回復していくことが多いので
徐々に回復に向けて、社会生活を送れるようにするのがデイケアの本質かと思います。
最初に曜日を決めて、その人のペースで午前・午後(もしくは両方)と時間を決め、
通うことを目指します
そして慣れてきてもう少しできそうだなと思ったら、増やしていきます。
デイケアは診察同様、費用がかかります。
精神科にかかっている方は「自立支援医療」という制度が使えます。
その家庭の収入に合わせて月に上限の金額が決まっていて、それを超えたら
それ以上は払わなくていいというしくみです。デイケアでも適用されます。

デイケアではこんなことをします

デイケアはその日の午前・午後・1日中に決められたプログラムがあります。
私が通っていたところでは、
ぬり絵
ペン字
コラージュ(雑誌などを切り抜いて用紙に貼る。個人でも皆でもやりました)
創作活動(編み物や裁縫をしている方が結構いました)
料理
ゲーム(トランプ・UNO・人生ゲームなど)
外出(ショッピングモール・近くの公園)
等をしていました。クリスマス会年末の大掃除など、季節のイベントもありました。
デイケアにはスタッフがいます。私のところでは曜日によって違い、計4名いました。

デイケアの1日の流れ

時間は午前が10時~12時。お昼を挟み、午後が13時~15時です。
その人によって週に1~4日(開いているのが平日の4日間だったので)。
午前・午後・両方と参加時間が違いました。
午前と午後の始めにミーティングがあります。
スタッフからのお知らせがあったり、初めて会う方がいたら
○○です、よろしくお願いします」と一人ずつ挨拶します。
そしてプログラムの開始。ほとんどのんびりした雰囲気です。
世間話をしながら作業をしたりする方もいらっしゃいました。
女性限定のデイケアだったので、TV番組の話・音楽の話・おしゃれの話・芸能人の話が多かったです。
体調が悪い時はベッドやソファーで休憩ができます。
また、私は長い間知らなかったのですが近くに不快な人がいる場合は
配慮して遠い席などに移動させてもらえます。
終了の時間になると、自分の簡単な日誌を書きます。日付・プログラム内容・一言感想など。
なにか相談がある場合は、事前に言っておいて、デイケア終了後面談としてスタッフさんと話すこともできます。

私のデイケア体験記

まずは電話をして見学

私は主治医の先生にデイケアを勧められたあと、病院の受付で案内の紙をもらいました。
そこにデイケアの電話番号が書いてありました。
ドキドキしましたが、それから1週間して「見学したい」と電話しました。
スタッフさんから、「いつから行きたいかしら?」と聞かれたので、そこで見学日時を決定しました。
そして見学の日。病院内のデイケア室というものがあり、そこに行きます。
プログラム中ですので、皆さんに挨拶。すると、何人かの「こんにちは」という大きな声が返って来ました
次に別の小さな部屋に行き、話をします。
デイケア・そのルールなどの説明をされました。
その中には、住んでいる場所を言ってはいけない・物の貸し借りをしてはいけないというものがありました。
そして質問があるか聞かれ、申込書を渡されました。
最初に参加する日を決めて、その日は帰宅しました。

デイケア最初の日

最初の日。まず病院の受付で「デイケアです」と言ってから、デイケア室に行きます。
あ、来たね」とスタッフさんが声をかけてくれました。そして記入した申込書を渡しました。
嬉しかったのが、同じぐらいの歳の子が私に話しかけてくれたこと。
デイケア最初の日のプログラムは、外出でした。
病院の近くを散策するというもの。
病院の最寄駅は比較的大きかったので、最後に皆でカフェに行きました。
そして現地解散し、終わりました。

会話がおぼつかない1年目

そして、デイケアに通う生活がスタートしました。私は週2回・午後のみの参加から始めました。
最初は普通に話せた記憶があるのですが、だんだん雰囲気が分かってきて、それができなくなりました。
私が自分の話をするのが苦手だったというのもありました。
しかし正直、居合わせる人と話が合いませんでした。
私が良いと思うものを悪く言ったり、その逆もありました。
それがショックだったのを未だに覚えています。
しかし、ほとんど休まずに週2回通っていました。必死でした。

慣れてきたがほとんど記憶がない2年目

相変わらず喋れないのが2年目も続きました。
私は当時、人のことを悪く言ってはいけないと思っていました。
そして、自分でもよくわからない嫌な気持ちになることがありました。
しかしそれを必死にこらえる日々が続きました
それをなんとなく察して、「何?」と言ってきた人もいました。
正直この年は、それ以外あまり記憶がありません

参加時間が長くなった3年目前半

一応通うのも慣れてきたということで、午後プラス午前も参加することが増えました
あまり喋れないのは相変わらずだったのですが、私と好みが合いそうな人が数人出てきました。
しかしなかなか私もそうだと言えない日々が続きました。もどかしかったです。
ちなみに私はプログラム中に気持ち悪くなったり、体調が悪くなる時がしょっちゅうありました。
しかし昔から外ではそれを我慢するくせがあったので、
デイケアに通い始めて3年目でも、全く訴えることができず、休憩することが一度もありませんでした
しかし少しずつ話せることも増えてきました。
そしてある日、話したいと思っていた人に勇気を出して色々と話してみることにしました。
すごく緊張して、その人や周りが私をおかしく思ってるんじゃないか?と思いながら
私にしてはマシンガントークのように話しました。
しかしその途中で、すごく体が気持ち悪くなってしまいました。
その時はぬり絵のプログラムだったのですが、手が止まってしまいました。
しばらくして、一人のスタッフさんが「何の色塗ろうか迷ってるんですか?」と聞いてきました。
その時初めて、「いや、気持ち悪くて・・・」と不調を話しました
それもありましたし、なぜか今までの怒りがこみ上げて来て、すぐ帰宅してしまいました。

辛くて通えなかった3年目後半

その日から約半年間、ぱたっと行けなくなってしまいました
デイケアで少し自分を出したことで、今まで我慢してきたことができなくなってしまったのです。
その間は恥ずかしいのですが、嫌なことばっかり思い出して怒りの気持ちが止まりませんでした。
言わないとわからないのも当たり前なのですが、苦しかったことを
デイケアの人たち・主治医・家族がわかってくれなかった事をずっと引きずって毎日過ごしました。
そうやって毎日過ごしていましたが、これから私はどうしたらいいんだ・・・とお先真っ暗でした
同じ病院の診察に通っていたので、その時にたまにデイケア帰りの人を見かけて、嫌になっていました。
そしてある時。別の場所に住んでいた姉と話す機会がありました。
困っていたこと、うまくいかないこと、いろいろ話しました。すると言われました。
それ、デイケアで練習したほうが良くない?」と。
それは話せないことを少しずつ話せるように、デイケアを練習の場にしたら?というアドバイスでした。
姉はいろいろ聞いてくれて、診察でも主治医の先生といろんなことを一緒に話してくれました。
それからデイケアにもう一度行ってみようという気になり、また通い始めることができるようになりました

明るい兆しが見えてきた4年目

デイケアに復帰し、嬉しいことがありました。
先に書いた、マシンガントークをしてしまった相手の方が私に話しかけてくれて、話が弾んだのです。
それからデイケアに通うメンバーも変わってきて、雰囲気良く話せることも増えていきました。
正直まだデイケアで話し足りないなという思いはありました。
しかし家庭の事情もあったので、まもなく職業訓練に挑戦することに決めました

職業訓練に合格

職業訓練に通うためには、面接が必要でした。募集人数が限られていたからです。
1回、病院の近くで行う職業訓練を応募しました。しかし落ちてしまいました
しかしまた挑戦しようと決めていたので、時期を見ながらデイケアに通い続けました。
そして2回目のチャンス。今度は病院・自宅から少し遠い場所の職業訓練に応募することにしました。
そして面接の日。今考えると、私の人生を変える一つの日だった気がします
「働いたことがない」と言うと、「ちゃんとしてるのに!?」とびっくりされてしまいました。
運が良かったのか雰囲気よく終了。そして後日、「受講を許可します」という通知が届きました
とても嬉しかったです。そして、これからがんばっていかなきゃと強く思いました
この時も必死だったというか、がむしゃらだったのです。

デイケア最後の日

デイケア最後の日は、丁度12月末のプログラム。
DVD鑑賞会でした。観たのは映画「船を編む」。
その日はカウンセリングがあり、DVDの時間が長くなってしまい、
その時間に間に合わなくなる関係で最後まで観れませんでした。
なので静かに、スタッフさんに最後の挨拶をして、途中でデイケア室を後にしました
いろいろありましたが、これで私の約4年間のデイケア生活は終わりました
そしてその年明けから職業訓練に通い始めました。

まとめ

ここまで述べたように、デイケアに通うのにはその人なりの物語があります。
嬉しいこともありますし、困難もあります。通い続けるのは簡単なことではありません。
しかし、乗り越えたら新しい世界が待っています。
デイケアに通おうか迷っている方、どうなるかわからなくて不安かもしれません。
しかし、まずは見学だけでもしてみてください。
私のように、道が開けるかもしれません。
最後までお読み下さり、ありがとうございました。あなたの幸せを願っています。